世界が燃えている。
 草原にぽつりと佇む小さな教会は、正しくラグナの世界全てだった。
 その世界が、燃えている。
 さっきまであんなに青かった空は、黒い煙を吸ったように鈍い色に変わっていた。
「ぐ…ぁ…っ」
 体が熱い。
 斬り落とされた腕の感覚はすでに無く、ただひたすらに熱いだけだった。
 ラグナの視界を染める、炎の赤、血の赤―――赤。
 その赤の中で、弟の姿だけが白かった。その後ろに立つ男の手が、弟の―――ジンの頭を撫でる。自分の所有物であるかのように。
 男のもう片方の腕には、意識を失ってぐったりとしたサヤが抱えられている。
 そいつらに触るな。叫んだ声は、しかし獣染みた呻きにしかならなかった。
「兄さん…」
 ぐらつく視界の中で、ジンが笑っている。
 いつもラグナに向けられていた、日向に似た笑みではない。歪につり上がった口許は、さながら暗い夜に浮かぶ三日月のようだった。
「兄さんが悪いんだよ…」
「ジ、ン…?」
 抑揚のない、幼い声がラグナの耳を打つ。
 焦点の定まらない澱んだ翡翠が、瞬きもせずこちらを見ていた。
 何処から持ってきたのか、身の丈程もある刀を、弟の細い腕がきつく抱き締める。まるでそれが唯一の拠り所のように。
「兄さんが…いつも、あいつばっかり…」
 どうして。
 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
 同じ問い掛けばかりが、頭の中をぐるぐる巡る。
 怒り、悲しみ、憎しみ、絶望。
 体内を暴れ回るありとあらゆる負の感情に、未だ少年のラグナは翻弄される。
 汗と血にまみれた髪は、掛かり過ぎた負荷によって白く変色してしまっていた。
「兄さんがいけないんだ…、だから―――」

 パキリ。

 瓦礫の砕ける音が、やけに耳に付いた。パキリパキリと音を立てて、男の手から離れた弟が近付いてくる。
 幸せだった世界の残骸を、踏み付けながら。
 無様に地を這うラグナの前に膝をつくと、弟はうっそりとした微笑みを兄に向けた。
 そうして燃えるように熱を持つラグナの額に、降るような口付けを一つ落とす。
 まるで地獄のような光景にそぐわない穏やさで触れた弟の唇は、氷の様に冷たかった。
「さようなら…にいさん」
 ジンが抱えていた刀には、いつの間にか鞘がなかった。透き通った刀身の向こうで、弟が笑みを深くする。
 呼んだ名前は、声になっただろうか。
 劈くような男の嘲笑と貫かれた痛みを最後に、ラグナの意識は暗転した。