階層都市には季節の概念がない。 気候は一年を通して過ごしやすく整えられ、強風や雷といった天災も稀だ。 けれど暦の上での真冬ともなれば、夜はそれなりに冷え込む。それは都市部の外れに建つこの教会も例外ではない。 いつもより空気の冷たい夜に、養母と弟妹たちと暖炉を囲み暖かい飲み物を飲む団欒の時間が、ラグナは好きだった。 毛足の長い絨毯の上では、弟のジンと妹のサヤが仲良く身を寄せあって、一つの絵本を覗き込んでいる。そうしていると、この弟妹たちはまるで双子の様にそっくりだった。 暖炉の傍に置かれた椅子には養母が腰を掛け、編み物に勤しんでいる。 カチリコチリと時を刻む鳩時計の音さえ、薪の爆ぜる音と合わされば、幸せの背景音楽になった。 「さぁ。ジンもサヤも、そろそろおやすみの時間よ」 既に時計の針は、幼い弟妹たちにとって真夜中の時間を指している。 シスターの言葉に「はぁい」と行儀の良い返事を揃えた二人は、養母の傍へ寄って代わる代わる就寝前のキスを受けていた。 この優しさだけで出来たような光景も、好きだ。少し前までは、こんな穏やかな時間を過ごせるようになるなんて、思ってもなかった。 ぼんやりとブランケットに包まってその様子を眺めていたら、二対の翡翠が期待を込めた眼差しでラグナを見つめていた。おいでと声を掛ければ、ジンとサヤがパッと笑って駆け寄ってくる。 「兄さん、おやすみなさい!」 「おやすみなさい、兄さま」 「おやすみ。また明日な」 まろぶように抱き付いてきた体を受け止め、弟妹たちの額にそれぞれキスを落としてやると、すぐに同じ感触が両頬に返ってきた。右手でサヤの、左手でジンの頭を撫でれば、囀ずるように笑うのが可愛くて仕方ない。弟も妹も、ラグナの大事な宝物だ。 ぱたぱたと軽い足音を立てて部屋を出て行った弟妹たちを見送っていると、養母はさてとラグナの方に向き直った。 「ほら、ラグナもいらっしゃい?」 どうやらジンとサヤに感化されたらしい養母が、少年を手招く。 「や…、俺は…いいよ」 家族の団欒を見ているのは好きだが、いざ自分がそれをされる立場になると、どうにも面映ゆい。 現にラグナは、十の誕生日を過ぎた辺りから、養母からの就寝前の挨拶から逃げるようになっていた。 よく眠れるおまじないだなんて、子供みたいで恥ずかしいのだ。 言葉を濁すラグナに、シスターは心外だと言わんばかりに頤に手を当てる。 「あら、一人前に照れちゃって。ジンとサヤは良くて私は駄目なんて、不公平だわ」 「…あーもう、わかったよ!好きにすればいいだろっ!」 渋々といった体で立ち上がっても、養母は穏やかな笑みを浮かべたままだった。ラグナの内心など、全てお見通しなのだろう。 皺だらけの手がラグナの頭を撫で、前髪越しの額にキスを受ける。 「婆さんも早く寝ろよな、年寄りなんだから」 照れ隠しの悪態すら受け流し、シスターは少女の様にころころと笑った。 「ふふ、ありがとうラグナ。おやすみなさい」 「…おやすみ」 床に丸まっていたブランケットを掴み、ラグナもまた部屋を後にする。 暦の上では、真冬の季節。それなりに冷え込んだ、空気の冷たい夜。 兄が自分のベッドに潜り込んで眠る弟妹たちを見つけるまで、あと少し。 → |