※ これ のカグラさんバージョン。 人によって男尊女卑と取れる表現があります 「お前が女だったらなぁ」 夏休みも残り僅かとなった葉月の午後。士官学校高等部の男子寮の一室で、綺麗に整えられた寝台の上にだらしなく寝そべったまま、カグラ=ムツキは手際良く私物を纏めていく細い背中に話しかけた。 肩越し、眼鏡のフレームの奥から怪訝そうにこちらを見やる青年の顔は、まだ薄らと少年の面影を残している。数瞬、男の真意を諮るように向けられた翠は、しかし呆気なく積み重なった本の山へと戻されてしまった。 「―――ムツキの当主は、遂に気でも触れたか」 「心外だな。これでも真面目に言ってるつもりなんだが」 なぁ、ジン。舌に馴染んだ青年の名を口にする。開け放したままの窓から、残暑の温い風が吹き込んで、ジンの細い金糸を揺らした。 そのまま暫し、ぱたり、ぱたりと本を選り分ける音だけが部屋の中に響く。綺麗なままの参考書の殆どは、彼の幼馴染の少女の所へ行くのだろう。一括りに纏められ、丁寧に紐をかけられている。 大きさ毎に並べられた本の背表紙を眺めながら、カグラは促されてもいない会話の続きを始めた。 「お前が女なら、もっとわかりやすく守ってやれた。キサラギの次期当主候補だろうが関係ねぇ。早々に嫁に貰って、その物騒な刀も取り上げて。代わりに絹と珠で綺麗に飾って屋敷の奥に置いておけばいい。簡単な話だ」 そう出来るだけの権も地位も、カグラは持っている。腹筋だけで上体を起こすと、今度はベッドに胡座をかく。行儀悪く膝の上で頬杖をつくと、ニヤリと笑った。 「幸せにしてやるぞ?何たって、俺様の嫁だからな」 「絵空事を…」 多分の呆れと、ほんの少しの苛立ちが混ざった声。とりつく島も無いとはこの事だ。昔はもう少しだけ、可愛げもあったのに。 ジンのにべもない様子に、カグラは大袈裟に肩を竦める。 「そう、所詮絵空事だ。お前はそんな大人しいタマじゃないし、か弱いお嬢さんでもない。残念な事にな」 「残念…か」 「ああ、至極残念だ」 思わず零れた呟きは、紛う事無き男の本心だった。 目の前のこれが、ただ柔く綺麗なだけの生き物だったならと、何度思ったか知れない。それならば、ただ守って愛でてやるだけでよかった。不幸な生い立ちを憐れんで、数多の女と同じ様に抱いてやれれば、どれ程楽だったか。 カグラは傍らに放っていた書類に目を落とす。ただの一枚紙のそれらは、男にとって酷く重たく感じる代物だった。 季節外れの卒業証書と、制機構武装魔術師師団への配属通知。 カグラの腰程しかなかった幼い子供はあと数日で軍に属し、内戦の地イカルガへ赴く事となる。 蒼炎を纏い、氷華を散らしながら戦場を駆けるジンの姿は、さぞ美しい事だろう。 戦は、人を変える。使い手の精神を喰らう代わりに力を与える妖刀を振るい、この戦争ですらない争いが終わる頃。果して目の前の青年は、今のままの姿でそこにいてくれるのだろうか。 寝台から足を下ろし、カグラはジンの傍らに歩み寄る。そこで漸く、硝子の奥から覗く一対の翡翠がカグラを正面から捉えた。上等な絹のような金糸に指を差し入れ、小ぶりな頭を胸元に引き寄せる。普段のからかいすぎが災いして―――自分の些細な言葉一つで、とり澄ました美貌が歳相応に崩れるのが可愛くてたまらないから悪い―――好かれていないことはわかっていたが、それでも触れたかった。 「気安く触るな」 「ケチ臭いこと言うなよ。減るもんじゃねぇんだし」 しかし意外にも言葉通りの抵抗はなく、ジンは大人しくカグラのされるがままになっている。 「なぁ、死ぬなよ…ジン」 口に出した願いに、応えは無かった。 本当は、テルミカグラ兄弟がそれぞれ「もしもジンが女だったら」と考える話だったんですが…収集つかなくなったので、バッサリと兄弟だけの話になったのがIf or ...です。カグラさんの部分だけ、お焚きあげとしてアップ。 世界を変える為にはジンの力も必要で、だから戦争にも行かせるし戦わせもするけど、本音はただ大事に守ってやりたいだけ…みたいなカグラ→ジンが見たいです。打算と情の間で揺れる大人萌える。 2013.12.14. サイト掲載 |