※CP教えて!ライチ先生2話の設定ベース ギャグからシリアス、そしてほのぼのと続く忙しないお話 ラグナ=ザ=ブラッドエッジにとって、その日は退屈だけれど、平穏な一日になるはずだった。 手持ちの路銀が尽きた為、オリエントタウンの小さな診療所、顔馴染みの女医であるライチ=フェイ=リンの所に顔を出したのが午前の事。時々タオカカらに振舞われているらしい肉まんにでもありつけられれば幸いと軽い気持ちの訪問だった筈が、これ幸いと診療所の店番を頼まれたのが―――働かざる者食うべからずと言われては、ぐうの音も出なかった――― 一時間半前。ライチを訪ねてやってきたタオに絡まれ、適当に追い返したのが数分前。 ここまでは、何の問題も無かった。今ではすっかり貴重な存在になってしまった、何の変哲もない一日だったのだ。 「いい人〜!いい人を探してた人を連れてきたニャスよ〜!」 それが、本当に、たった今。今この瞬間に、無残にも崩れ去っていってしまった。 意気揚々とタオが連れてきた人物を見たラグナの表情が、ピシリと音を立てて固まる。すらりとした長身に、纏う服は統制機構の揺るがぬ蒼炎。陽の光を集めたような金糸に新緑の瞳を持つ顔は、道行く者がすれ違い様に思わず振り返ってしまう程度には整っている。 しかしそんな恵まれた容姿に反し、その小ぶりな頭の中身は壊滅的に残念なのだ。目の前の"コレ"は。 「兄さん…っ!」 「げっ、ジン…!」 そう。そこに居たのは、よりにもよってラグナの愚弟だった。 その弟―――ジン=キサラギはラグナを視界に捉えるや否や、パッと翠の双眸を輝かせる。そうして喜色に染まった面を綻ばせ、見た目だけは可憐にラグナに飛び付いた。しかしその両腕は、逃がしてたまるかとばかりに兄の体をギリギリと締め付けている。 「ぐぉ…っ!じ、ジン…テメェ…っ」 「兄さんが診療してくれるって、半信半疑で来てみれば…。成程、地上の楽園はここにあったんだね!」 「はあっ?何、訳わかんねぇ事言ってんだお前は!」 とりあえず、開幕ぶっぱは止めて頂きたい。リベルワンからカッ飛ばしてくる弟の狂言に、ラグナの語気も自然と荒くなる。 しかしその程度で怯んでくれるジンならば、ラグナもここまで苦労はしていない。気が済むまで兄の胸元に額を擦りつけていた弟は、今度はガバッと顔を上げると期待に満ちた目でラグナを仰ぎ見る。 「さぁ、兄さん!僕の体を診療して!最近、疲れを感じてしまっているんだ!」 今にも足が浮きそうなテンションで、疲れを感じるとはよく言ったものだ。全くもって頭が痛い。 看てもらいたいのはこっちの方だと怒鳴ってやりたかったが、言ったが最後。「じゃあ、僕が兄さんを診療してあげるね!」と喜々として迫ってくる弟の姿がありありと想像できる。ご丁寧に、ナースのコスプレのオマケ付きで。このゲームのCEROはCだが、そんな三流AVみたいな展開になるのは御免だ。 「どうしたどうした!いつからここは盛り場になったんだ?」 「おおっ!小さい人〜!」 「テメェの出番はまだだろうが、ルナ!」 「何か呼ばれた気がした!」 「呼んでねぇ!」 勢いよく診療所のドアを蹴り開け乱入してきたプラチナには、雑な突っ込みを入れておくに留める。正直、無駄な体力は使いたくない。どいつもこいつもボケ倒しやがって、これでは身がもたないではないか。 べったり張り付いてくるジンを割と本気で剥がしに掛かっていたラグナは、しかし金色の頭を掴んだ所で動きを止めた。 「―――?」 「…兄さん?」 急に抵抗をやめた兄を、弟が不思議そうに見上げる。瞬く翠の瞳は興奮からかうるうると潤み、白い頬はほんのり上気して赤い。 これではまるで――― 「ジン…」 「うん…?―――え、えっ?」 行き当たった想像にラグナは眉を潜めると、ジンの前髪を掻き上げた。戸惑う弟に構わず、現れた狭めの額に自分のそれを押し付ける。 「に、にぃ…さ…?」 ジンの背後から、プラチナの声で「ホモォ…」なる歓喜の声が聞こえた気がしたが、たぶん気のせいだろう。…たぶん。 急激に近付いた両者の距離にジンの頬の赤みが増したが、目を閉じ合わせた額に神経を集めているラグナは気付かない。 しかし集中するまでもなく、触れた箇所が異常な熱をもっているのは直ぐにわかった。 潤んだ瞳と、上気した頬。そう、これではまるで―――否、完全に風邪の症状ではないか。 「馬鹿かテメェはっ!マジで熱あんじゃねぇか!」 「え…?ね、つ…?」 顔を離し一喝しても、ジンはふらふらと揺れている頭をコトリと横に傾けるだけだ。どうやら本当に自分が病人だという自覚がないらしい。 ああもうと一つ舌を打ち、ラグナはジンの腕を捕まえる。強く引いた訳でもないのに、弟の細い体は呆気なく兄の方へと倒れこんできた。 「おい、女医のねーちゃん!」 「なぁに?大きな声を出さなくても、聞えてるわ」 呼んだら直ぐに出てくる辺り、大方関わり合いになりたくないからと無視を決め込んでいたのだろう。白々しく調合用の乳鉢を持ったまま顔を覗かせたライチに、ラグナはぐったりと自分に凭れかかっている弟を顎で指し示す。 「ここ、診療所ならベッドくらいあんだろ?ちょっと借りるぜ」 「あら、患者さんだったのね?だったら早く休ませてあげないと。ベッドでも何でも、好きに使ってちょうだい」 「わりぃ、助かる」 流石は医者だ、話が早い。これでまた彼女に借りが増えた訳だが、病気の弟を放っておくというのも、兄の名が廃ってしまう。 「こんな昼間からベッドだなんて…。兄さん、大胆だね」 「ニャニャッ!まひるのじょーじってやつニャスか?」 「何だ何だ、出番か !? 」 「もうホント、テメェらマジ黙れ!」 ―――前言撤回。兄の名など廃ってもいいから、この馬鹿どもをまとめて何処かに捨ててきてしまいたかった。 → |