最悪の事態を想定した21話時点での捏造話 ロックオン右目失明前提でお願いします ただ一人で、刹那はその扉の前に立ち尽くしてした。 薄い壁一枚隔てた先には、彼が居る。 ――― 一刻も早く、顔が見たかった。 ヒビの入ったヘルメット。焼け焦げたパイロットスーツ。――― 弛緩したまま動かない、体。瞬きをする度に瞼の裏に蘇るその映像を消したくて、ここに来た。 けれど微重力状態の廊下のくせ、刹那の両足は床の上に貼り付いたまま、少しも動こうとはしない。 彼は――― ロックオンはもう聞いただろうか。 自分の右目が、この先二度と光を取り戻す事はないという事を。 「刹那」 澱みなく、扉越しに自分を呼ぶ声に、刹那は体を強張らせた。 満足に気配も消せないほど、自分は動揺しているというのか。 「刹那、……そこにいるんだろ?」 僅かな逡巡の間に、目の前のドアの方がまるで刹那を迎え入れるようにひとりでに開いた。そこから跳ねるように飛び出してきたオレンジ色の独立型AIが、やかましく刹那を呼びながら纏わりついてくる。 その奥――― 白い部屋の簡素なベッドの上に、果たして彼はいた。 上体こそ起こしているものの、ベッドの周りを取り囲む医療器具から生えたチューブが、何本もロックオンの体に繋がれている。けれど何より刹那が震えたのは、白亜の顔の上半分を覆った、それよりも尚白い包帯。 美しい二つの碧をその白の奥に隠したまま、ロックオンはそれでもハロの音声を頼りにこちらに首を巡らせ、柔らかく口元を綻ばせた。 ――― どうして、笑える? 「――― おいで、刹那」 ガーゼと包帯だらけの腕を伸べ、ロックオンが刹那を呼ぶ。その腕に惹かれる様に、刹那は漸く、ふらりと部屋の中に歩み出た。 覚束無い足取りのまま、差し出された腕の中、倒れこむように縋りつく。傷に障るかもしれないと頭の片隅で思ったが、ロックオンは小さな呻き一つ上げなかった。 覚え慣れた、温かい体温。 ――― 生きている、人間の。 「……震えてる」 視界が塞がれている為か、未だ目の開いていない仔犬のような仕草で、ロックオンが刹那の額に口付けた。温かい唇が、整えられた指先が、慈しむように刹那の顔の上を撫でていく。 「なんて顔してんだよ、刹那…」 うるさい。見えていないくせに、適当な事を言うな。 刹那の髪を梳きながら、誰よりも残される側の痛みを知っている筈のこの男は、今も平気な素振りをして笑うのだ。 吐き気がする程の、眩暈。 ぐらぐらと定まらない視界の中、気がつけば刹那はロックオンの服に爪を立てていた。 「何故……っ」 うるさい、うるさい。黙れ、笑うな。何故だ、何故… 「何故お前ばかりが、失わなければいけないんだ…っ!」 ――― これが報いというのなら、どうしてこの身に降り注がない。 兄さんに「おいで」と言わせたかっただけ。そして包帯姿を拝みたかっただけ。 ロックオンにわだかまりはなくても、やっぱりせっちゃんには負い目があると思う。 …うん、ロックオンが無事でよかった。 2008.03.10 |