それはここ数日で、すっかり見慣れた光景になっていた。
 裏を返せば、今まででは決してお目にかかれなかった光景という事でもある。
 感慨深いと言ってしまえば大げさだが、彼―――フリオニールにとっては、それくらいの衝撃だったのだ。
「なんかさ、ちょっと見ない内に、アイツ随分変わったよな」
 隣から聞えたティーダのセリフが、正に寸分の狂いもなくフリオニールの考えも代弁してくれていた。


 そもそも、今ここにいる面子が集まったのは、全くの偶然だった。
 コスモスから託された希望の欠片、クリスタルを苦難の末に手に入れたフリオニールは、秩序の聖域に戻る途中で、最初にティーダと。それからセシルと運よく合流出来たところで、更にバッツとジタン。そして驚いた事に彼らと一緒に行動していたというスコールと再会し、旅は道づれと残り少ない帰路を共に行く事になった。久しぶりの大所帯は戦力的にも心強いし、頼れる仲間たちの存在は精神面でも支えになってくれる。
 ―――と、思ったのは最初の内だけだった。
 よくよく考えれば、コスモス勢の問題児のスリートップがこの場に集まっているのだ。圧倒的にツッコミ役が不足している。
 だがしかし、人間の適応能力というのは実に素晴らしいもので。フリオニールはものの十数時間でバッツ、ジタンの突飛な言動―――ティーダのそれには、既に耐性が付いてしまっている―――に、早々に慣れてしまった。
 例えば、只今絶賛現在進行形のこの状況だってそうだ。今日も今日とて、あの落ち着きのない凸凹コンビはふらりと何処かに姿を消したかと思うと、何故か全身ボロボロになって帰ってきた。絵に描いた様な二人の満身創痍っぷりにツッコミこそすれ、フリオニールは最早怒る気にもなれなかったのだ。彼ららしすぎて。それはセシルもティーダも同じだったようだが、約一名だけは違ったらしい。
 その一名、スコールによる小一時間の説教タイムは、先ほどセシルの仲裁によってお開きとなっていた。
 ―――ここ数日ですっかり見慣れた光景になったというのは、この事だ。
 反省を促す意を込めてバッツの頭に投げつけていたポーションを仲良く分け合っている凸凹二人を残し、スコールはセシルと共にこちらに戻ってくる。この面子の中では最年長のセシルが、口元に苦笑を浮かべ、労うようにスコールの腕を叩いていた。
 反対に、一緒に事態を見守っていたティーダは、何故か満面の笑みだ。カラカラ笑いながら、ガッシとスコールの肩を組んでいる。
「スコールおとーさん、今日も子守り大変ッスね」
「……は?」
 何を言っているんだ、コイツは。こめかみを指で抑えたまま、スコールは胡乱げな目でティーダを見やる。その視線は、無関係である筈のフリオニールの腰が思わず引けてしまう程度には凶悪なものだったが、そこは空気の読めなさに定評のあるティーダだ。気付いている訳が無い。
「さっき話してたんスよ。最近のスコール、あいつらの保護者みたいだって」
 「なー」と無邪気にフリオニールに同意を求めてくるティーダは、仲間内から自分自身もその被保護者カウントに入れられているなど夢にも思っていないようで、すっかり他人事の口を利いている。みるみるうちにスコールの眉間に刻まれた皺の数が深くなっていくのを、フリオニールはただ見守る事しか出来ない。
「ティーダ…」
「バッツはいつもあんな調子だけど、ジタンは普段しっかりしてんのになぁ。バッツといると、途端に子供っぽくなるんスよね。何だろ…、相乗効果?」
「それは、ちょっと違うと思うぞ…?」
「バッツって、セシルと同い年なんだろ?詐欺だよなぁ」
 「だけど、ああ見えてちゃんとバッツも頼りになる時もあるんだよ?」とはそれまで笑顔で会話を聞いていたセシルの弁だが、彼のフォローもこの面子では何処まで通じているのか疑問である。というか、微妙にフォローになりきれていない。
「でも、スコールの眉間の皺が取れなくなったら大変ッスよ」
(その内、二割程度はおまえの所為なんだが…)
 スコールの心の声が聞えた気がしたが、たぶん幻聴だろう。否、幻聴だと思いたい。
「あ、そうだ!だったら、オレが代わってやろっか?」
 保護者役。自分を指差してにこにこ笑っているティーダは、単にバッツとジタンに混ざって馬鹿をやりたいだけなのだろう。年下の兄弟が欲しかったのか、そういえば仲間全員と行動を共にしている時は、特にジタンを構い倒している姿をよく見かけた。ティーダにあの二人の保護者役が務まるとは到底思えないが、前半のセリフには同感を覚えたフリオニールも、彼の言葉に賛同してみる。
「そうだな…。たまにはいいんじゃないか?スコール」
 不機嫌そうに黙るか、小さく溜息を吐くか。フリオニールが予想したスコールの反応二つは、しかしどちらも当てはまらなかった。
「悪いが、そういう話ならパスだ」
「へ?」
 至極あっさりと。逡巡する間すらなくティーダの申し出を拒否したスコールに、ティーダだけではなく、フリオニールとセシルも目を瞬かせる。だがそんな面々を意に介した様子もなく、スコールは一つ頭を振ると、
「あそこにおまえが混ざると、収集がつかなくなる」
「あ、スコールひでー!」
 子供染みた仕草で頬を膨らませ、抗議に出ようとしたティーダの語尾に「おーい、スコールー!」と目の前の青年を呼ぶ声が被った。言うまでも無い、バッツとジタンだ。
 よく言えばポーカーフェイス、悪く言えば仏頂面の鉄仮面と称されるスコールの表情にヒビが入った瞬間を、確かにフリオニールは見た。
「今度は何だ!」
 忍耐値が限界突破したのか、声を荒げつつも律儀に彼らの元へと向かうスコールの背中を見送りそして、フリオニールとセシルは互いの顔を見合わせた。お呼びが掛からなかったティーダは、しかし面白そうだと既にスコールの後を追いかけていたので、結果二人だけがその場に残される。
「―――なぁ、セシル。あれってもしかして…」
「うん。たぶん、そうだよね」
 小さく首を傾けて、セシルが笑った。どこか神秘的な雰囲気を纏う、非の打ちどころのない整った顔に浮かんでいるのは、珍しくも悪戯めいた笑みだ。
「今の自分の位置を、譲りたくないんだと思うよ。大好きなんだね、あの二人が」
「……とても、そうは見えないんだが」
 離れた場所でバッツとジタン、加えてティーダにまで囲まれているスコールを眺め、フリオニールは唸る。風に流され彼らの声はここまで聞えてはこないが、どうやら、完全に遊ばれているようだ。
「素直になれないだけじゃないかな?」
 セシルの言葉に頷けないまま、フリオニールの視線の先で、闘気を込めたガンブレードが閃く。わっと上がった歓声は、最早命がけの鬼ごっこが開始される合図にしか聞えなかった。
 そうしてフリオニールは、愕然と目を見開く。


 たった今、咄嗟に頭の中でポーションの残数を確認してしまった自分の方が、余程彼らの保護者の様ではないか…!





リハビリ中。
スコール視点をフリオ視点にしたら、割とすんなり行きました。
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2009.07.05