※BB結末捏造小説です
兄さんの右腕がありません(軽度の欠損表現有)。
三兄妹が一緒に暮らしていますが、サヤは意識不明中。
ノエルとサヤを同一人物として扱っていません。






 暦の上での季節は夏。人が暮らすのに快適な気候が保たれる事の多い階層都市でも、この時期は汗ばむような気温が続く。
 しかしどうやら、適度な暑さは人の行動を活発化させるようで。夏ともなると、階層都市の至る所で祭り事が増え始めるのだ。それはここから程近い、オリエントタウンも例外ではなく。
 今週末に街の中央広場で納涼祭りがあるのだと、顔馴染みの三人娘がチラシ片手にラグナたち兄弟の住む家を訪ねて来たのが、一昨日の夜だった。
 色とりどりの提灯に隙間なく立ち並ぶ屋台、クライマックスには盛大に花火も上がるのだという。
 存外に人混みを嫌うラグナは少女たちの誘いに渋い顔をしたが、諜報部所属のマコトの口車にラグナが勝てる訳もない。花火を見るのに絶好の、だが人は少ない穴場を知っているとの、ツバキの援護射撃も的確で。妹を取り戻して尚、双子のように似ているノエルの、物言いたげな視線をラグナが無下に出来ないのだって、マコトの計算の内だろう。
 こうしてラグナには不利な状況のまま、あれよあれよと話は進み。結局は、少女たちの提案に乗るしかない形となってしまった。
 なけなしの抵抗として、未だ意識が戻らず眠り続けているサヤを置いては行けぬと言えば、マコトが世話役を買って出るといった徹底っぷりだった。
 言い出しっぺのリス科の少女が留守番を引き受けたのは意外だったが、どうせ碌な事を考えてはいないのだろう。
 大方、ツバキとかいう少女に弟と一緒に祭りを楽しんでほしい、と言ったところか。友人思いの彼女は、兄弟の内情を知っていて尚、親友の恋路を応援するのだとラグナに言って憚らない。
(いらねぇ事すんなっつーの…)
 それでも大人しく付き合ってやるのは、単にその場に同席していた弟、ジンが珍しく乗り気だったからだ。
 何処から聞き付けたのか、翌日カグラから貰ったのだという三人分の浴衣―――元は寝間着だからと、サヤの分もあった―――を持ち帰ってきた弟は、「着付けなら出来るから、僕がやってあげるね」と楽しそうに笑っていた。加えて、「兄さんと出掛けるの、久しぶり」とも。
 幼馴染の少女以上に、兄と一緒に出掛けられる事が嬉しいのだと。弟の言葉一つで気分の上がる己のお手軽さに、兄は胸中で溜息を溢す。
 全くもって自分でも、呆れる程の独占欲だった。

 「兄さん、左腕ちょっと開いて…そう、ここの袖持っててね」
 そうして約束の二日後の夕暮れ。宣言通り、弟は喜々として兄の身支度を整え始めた。 上等な墨を磨ったような、ぬばたま色の浴衣を肩に羽織らせ、背ぬいとゆきを整える。たっぷりと布地を使っている袖に左腕を通しても、反対側のそれは纏う対象を見付けられず、空を孕むばかりだった。
 ―――先の戦いで蒼の魔道書を失ったラグナの右腕は、今は無い。
 行く行くは左腕と同じようにココノエの手で義手を付けて貰う予定だが、前回と違いラムダのバックアップシステムのない今回は、治療に長い時間が掛かるという。
 片腕の無い生活はやはり不便で、弟の手を借りなければいけない場面も多い。
「もう、背中丸めちゃ駄目だってば。真っ直ぐ立って」
 ―――それこそ昔はラグナの方が、こんなふうに弟の着替えを手伝ってやったものだった。
 大抵の事は器用にこなす弟は、服のボタンを留めるのだけは苦手で。就寝前、眠気も相俟って、ぐずぐずとパジャマの前を留める手のひらを手伝うのが、ラグナは決して嫌いではなかった。
 睡魔に翡翠の瞳を蕩けさせていた小さな弟の姿が、目の前の大人になったジンに重なり、ラグナは一人ひっそりと感慨に更ける。
 迷いのない手つきで兄に浴衣を着付けていく弟は、もうとっくにラグナの手を煩わせる子供ではなくなっていた。
 今のようなふとした瞬間に、改めて離れていた月日の長さを突きつけられる。
「…なんか、落ち着かねぇんだけど」
 ―――しかしどうにも、普通の服と違いこの浴衣というのは心許ない。
 ラグナ曰く、袖だけ付いた一枚布を体に巻き付けて、帯で留めただけ。
 これでは国が滅びて尚、階層都市に受け継がれている日本文化も形無しである。
「慣れてないからじゃない?」
 真剣な眼差しでえり先を揃えながら、弟の返事はにべもなく。
 熱心なのは良いことだが、可愛いげの無い事この上ない。
「…ちょっと裾が短いかな?兄さん、背が高いから」
 下前、上前と重ねたところで、ジンが思案するように首を傾ける。
「サイズ合ってないなら、着なくてもいいだろ。つーかこれ、見た目よりあちぃ…」
「浴衣はだらしなく着るとみっともないし、裾もこのくらいなら平気だよ。それに似合ってるから、脱いじゃ駄目」
「……」
 それはこっちの台詞だと、危うく口が滑るところだった。咄嗟に憮然を装った兄に気付く事無く、弟は楽しげにくすくすと笑っている。
 ラグナと同じ様に、ジンもまたいつもの執務服ではなく、濃紺の浴衣を身に纏っていた。弟の白い肌に、深い色の布地はよく映える。弟自身が華やかな容姿をしているから、控え目な細雪縞も丁度いい。悔しいが、送り主の見立ては確かなようだった。
 兄があちらこちらへと思考を散らしている間にも、弟はてきぱきと手を動かし布を一着の服へと仕立てていく。
 ベルト代わりだろう腰紐―――穴も金具も無い、本当にただの紐だ―――を回す際、一瞬だけ抱き合うような形になった。
「…ちょっと、兄さん?」
 条件反射とは恐ろしいもので。寄り添うように近付いてきた弟の体を、左腕が無意識の内に引き寄せていた。
 動きを邪魔されたジンが、上目遣いにラグナを睨め上げる。―――が、耳を赤くしていては怖くも何ともない。
「お、悪ぃ悪ぃ」
 思わず意地の悪い笑みを浮かべれば、軽く手の甲を叩かれた。夏といえど氷漬けにされては敵わないので、大人しく手を離す。
 ぶつぶつと桜色の唇から零れる文句は弟の照れ隠しだと知っているから、漸く少しずつ上向いてきた兄の機嫌が下がる事もない。
 ジンの手が背後で交差させた紐を引き、前に回して結び目を作る。そこに目線を合わせる為、両膝をついた弟の頭の位置は、いつもよりずっと低いところにある。
 眩い金色を追うように視線を下げれば、いつもはワイシャツや防寒着に守られ、晒される事の少ない弟の項が見えた。
 青年のものにしては細すぎる、処女雪のように真白い首筋。
 もう何日も前に、兄が手ずからそこに咲かせた紅い華は、すっかり消えてしまっていた。
 最後に目の前の体を抱き締めてから、それだけの時間が経っている。
 カグラの計らいにより統制機構に戻ったジンは多忙を極めていて、泊まり込みの仕事になる事も少なくない。最近は就寝前のキスさえ、交わす余裕もなかった。
(…やべぇ)
 徐々に不埒な方へと流れ出した思考に待ったをかけようとするが、その程度で静まるような欲なら苦労はしない。
 仕上げに腰紐の上から褪せた銀鼠色の帯を締めに掛かったジンは、もう暫くこの体勢のままだろう。腹の前で揺れる小振りな頭は、最早如何わしい行為を思い起こさせるばかりだ。
「…なー、ジン」
「なぁに?」
 手を伸ばし、さらりとした感触のそれを撫でたが、今度は文句は出なかった。弟は心地良さそうに翡翠色の目を細め、兄の手のひらを甘受している。

「兄ちゃん、ちょっとムラムラしてきた」
「……」

 ―――そう、欲だ。
 早い話が、いつもと違う弟の姿に欲情していた。
 息抜きというならば祭りより何より、柔らかくはないがいい匂いのするこいつを、心行くまで抱き締めている方がずっといい。
 同行者である少女たちには悪いが、どうにか今夜の予定をすっぽかせないか。弟の髪を弄びながら考え始めたところで、ジンの手が動いた。結び目を作ろうと畳んでいた帯の端が、強く引かれる。
 ギリギリと、音を立てながら。
「ぐぇ…!ちょ、ジン…おま…っ!」
「相変わらず兄さんて、デリカシーの欠片もないよね。やっぱりそういうのって、一回死ななきゃ治らないのかな?だったら、僕が殺してあげるけど?」
「あー、お前のソレ聞くのも久々…って、ジン…マジで苦し…!」
 降参の意味を込めて、自分を締め上げている弟の肩を数度叩く。絞殺される寸前で漸く、腹を圧迫していた帯が緩んだ。げほ、と演技ではなく咳込んでも、弟の目は冷やかに据わったままだ。
「反省した?」
「…スイマセンデシタ」
「ツバキたちを待たせてるんだから、我が儘言わないの。…はい、出来た」
 前に作った結び目を後ろに回して、これでお仕舞いとジンの手が帯を叩いた。数歩ラグナから距離を取り、頭の先から爪先までとっくりと眺める。そうして自分の仕事ぶりを確認すると、満足げに一つ頷いた。
「…うん。兄さん、かっこいい」
 ふわりと色付いた白い頬に、綻ぶ美貌。拗ねたり、笑ったり、怒ったりと、今夜は酷く忙しない、猫の目のようにくるくると変わる弟の表情(かお)。
 どうやら普段と違う相手の一面に浮足立っていたのはラグナだけでなく、ジンもまた同じであるらしかった。その事に気付いてしまった以上、緩む口許を隠し続けるのは難しい。
「…そりゃ、どーも」
 元より、堪え性の無さに定評のあるラグナだ。浮ついた気分そのままに弟の後頭部を捕まえると、少しの労いと多分の愛しさを込めて、小さな唇に口付けた。
 反射的に二人の体の間に割り込んだジンの腕が、しかしラグナの胸を押し返そうと突っぱねる気配はない。片腕の無い今のラグナのバランス感覚は少し怪しいから、それを気遣っているのだろう。
 弟の柔らかい唇を食む度に、じわじわと胸の奥が満たされていくのを感じる。最後に軽いリップ音を立てて顔を離せば、文字通り涙目をしたジンと視線がぶつかった。
「に、さ…、駄目だってば…」
「これ、着せてもらった駄賃」
「嘘ばっかり…もう!」
 弟は今度こそ両腕を突き出して兄から距離を取ると、そのまま俯いてしまう。
「…戻ってくるまで、我慢して」
 そうして蚊の鳴くような声が、一言。
 それはつまり戻ってきたら、ラグナの好きにしていいという事だ。
「よしよし、分かった。脱ぐ時は、兄ちゃんが手伝ってやるからな?」
「…兄さんのヘンタイ」
 そうと決まれば、さっさと行って帰ってくるに限る。
 「何とでも言え」と前髪越し、弟の額にキスを一つ。赤い顔をして立ちつくしているジンの細い腕を引いて、急かすように部屋を出る。

 閉じたドアの向こう、窓辺に飾ってある風鈴が兄弟を見送るように、澄んだ音を一つ奏でた。



夏なので、兄さんの頭が沸きました。ちょっと弟大好きにさせすぎた(笑)
兄さんに浴衣を着付ける弟が書きたかっただけ。たまには普通のいちゃいちゃもいいですね!w
マコトの下りは、後で補完したいです。兄弟にガツガツ物言えるマコト可愛い。


2013.07.28 pixivにアップ
2013.08.01 サイト掲載

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