※ラグ→ジン前提のラグナと姫様。CTループ初期のお話。
 ジン死亡+少しのグロ表現有りにつき、大丈夫な方のみ閲覧下さい!



「驚いた。貴方、殺してしまったの?」
 術式照明も眩い、白いカテドラルと幼い少女の声。
 有り触れた日常においてならば、何の違和感のない組み合わせだろう。
 しかしここは安息日に開かれた聖堂ではなかったし、少女は神に愛される白ではなく、魔に好まれるような闇の色を纏っていた。
 だがそれにも増して、今ここにあるもの全てが異質だった。
 鈴を振る様な声音で紡がれる少女の言葉も、磨かれた大理石を汚す夥しい量の鮮血も、その中心で蹲る男も―――男の腕に抱かれた、一つの躯も。ここにあるもの、その全てが。
「よく出来たわね。幾度となく、甘さ故に見逃して、一緒に墜ちて…そうでなければ、殺されていた貴方が」
 自身の金色と、白と、纏う蒼で構成されていた筈の"それ"は、今はその殆どをどす黒い血で染め上げていた。よくもまだくっついているものだと感心する程に斬り裂かれた薄い腹部からは、いくつかの臓器がはみ出てしまっている。
 噎せ返るような血の匂いに、しかし少女は物憂げな溜息を一つ吐いて、白く華奢な指先を自身の頬に当てただけだった。いつも少女に付き従っている喧しい黒猫と蝙蝠の姿も、今は無い。
「だけど、これでは駄目なのよ。また振り出しに逆戻り。しかも新たな事象まで発生してしまったオマケ付きでね…。一体何時になったら、私たちは物語の先へ進めるのかしら?」
「……うるせぇな」
「あら、聞こえていたの?ラグナ」
 名前を呼んで漸く、男の…ラグナの顔が少女の方を向く。銀糸の奥から覗く両の紅―――そう、"両の"だ―――が、手負いの獣の様な鋭さで少女を射抜いた。
「何しに来た…レイチェル」
「そうね…。貴方の愚かで情けない顔を見に―――とでも言っておこうかしら」
 けれどレイチェルと呼ばれた少女は怯む事無く、優雅にドレスの裾を揺らしながらラグナの傍へ歩み寄る。どんなに物騒な視線を向けて来ようと、どうせ手出しなど出来ないのだ。後生大事に抱えた弟―――そう、"それ"はかつて男の実弟だったものだ―――の存在が、ラグナの行動を抑圧してしまっている。
 上等なレースが、両耳の上で結わえた長い金糸が血溜まりに浸るのも構わず、レイチェルは膝を折ってしゃがみこむとその上で頬杖をつき、息絶えた"えいゆうさん"の顔を覗き込んだ。
「触れても構わなくて?」
 少女の気紛れに、男は視線に孕んだ険を強める。「触んな」、明確な拒絶を示され、レイチェルはそのままの姿勢で器用に肩を竦めた。
 全く呆れた独占欲だ。大事な人形を取られまいとする子供の仕草で、ラグナは弟を抱く手のひらに力を込める。成程。命を失くし、ただの入れものとなり下がってしまった今のえいゆうさんは、正しく顔だけは綺麗なお人形そのものだった。

 そんなに大切だったなら、生ある内にそうしてやればよかったのに。

 失って初めて気付くというのが人の常ならば、ラグナはとっくの昔に喪失を経験している。喉元を過ぎて、熱さを忘れてしまったのか。
 本当に愚かね、と胸の内でレイチェルは独り言ちる。
 頤を支えていた両手を伸ばし、少女はそのほっそりとした指で男の頬を包みこんだ。彼の弟に触れるなとは言われたが、彼自身に触れるなとは言われていない。現にレイチェルの指先が左の目尻をなぞっても、ラグナは何も言わず彼女の好きにさせていた。
「蒼の魔道書(ちから)を使いすぎたのね、ラグナ。侵食が進んでしまっている…。けれど、もういいわ。えいゆうさんが死んでしまったのなら、どのみちこの事象ももうすぐ終わるもの」
「何言ってやがる…」
「この子は世界の申し子。えいゆうさんの死を、世界は決して認めない。だからやり直すの。世界が望む物語が編まれるまで。繰り返し、繰り返し―――何度でも」
 黒き獣が生まれる度、抗体が命を落とす度。百年の歴史を、世界は何度でも繰り返す。それを、傍観者であるレイチェルはただ見守る事しか出来ない。
 さっきまでレイチェルを睨めつけるばかりだったラグナの目は、今やすっかり凪いでいた。どうしようもなく愚鈍でズボラで品性の欠片も無い男だが、頭の回転まで絶望的という訳でもない。少女の言葉を噛み砕いているのだろうか、赤く染まった瞳がゆっくりと瞬く。
「―――そうか」
 やがて、ラグナの唇から吐息にも似た呟きが零れた。
 強張っていた肩から力が抜け、腕の中の弟に視線を落とす。そうして彼は、微かに笑ったようだった。 
「なら、こいつのいない未来は無いんだな…」
 問い掛けでない言葉に、応える必要は無い。紛れもない安堵に口の端を緩めたラグナの頬を一つ撫でて、レイチェルは立ち上がった。
 そろそろ時間だ。この事象の、終わりが近付いている。
 このまま立ち去ってしまっても良かったが、レイチェルの気紛れはまだ続いていた。未だ色濃い血の匂いに混ざる、甘いバラの香り。少女の魔力によって呼ばれた真紅の花弁が、何処からともなくはらはらと兄弟に―――弟の亡骸の上に降り注ぐ。
 それはレイチェルなりの、この事象の中に生きた兄弟たちへの手向けだった。


「少しの間、お別れね。―――また逢いましょう、ラグナ…」



レイチェル→ラグナ→ジンのような。
青年と幼女の組み合わせも大好きなので、ラグナとレイチェルの二人はたまらないです。
あと、兄弟にバラを降らせる姫様が書けて満足(笑)

2013.05.12. pixivにてアップ
2013.05.18. 加筆修正

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