閉じていた目を開けると、そこには夢の中と変わらずに弟の姿があった。 
 否、変わらずにというのは語弊があるだろうか。目の前にあるのは、離れていた時間の分だけ成長した弟―――ジンの姿だ。
 その肩越しに見える窓の外には、大きな満月が一つ。今にも落ちてきそうな重さで、ぽっかりと浮かんでいる。
 ああだからかと、狭い診療所のベッドの上、ラグナ=ザ=ブラッドエッジは胸の中で独りごちた。
 本人でさえ忘れかけていた、遠い昔の出来事だった。我ながら甘い事だが、未だに月を見る度、この弟の事を考えてしまうからいけないのだろう。そのまま寝床に入ったものだからあんな夢を見たし、どうやら夢の外でも呼んでしまったらしい。

 ―――寝首を掻かれなかったのは、幸いと言うべきか。

 そんな兄の心など露知らず、当の弟はラグナの隣で呑気に寝息を立てている。黙っていれば未だ可愛げのある寝顔の分、余計に腹立たしい。
 叩き起こしてしまおうかとも思ったが―――何せ立派に不法侵入であるわけだし―――、ジンの目尻にたまった涙を見付けてしまったので、 それも止める事にした。
「泣き虫なのは相変わらず…か」
 丸い月は未だ空高く、夜明けには程遠い。
 ラグナは欠伸を一つ噛み殺すと、先日ココノエに付けて貰ったばかりの左腕を伸ばした。普段の粗野な態度とは裏腹な手付きで弟の頭を撫で、零れる前の涙を拭ってやる。ふ、と手首を掠めた吐息に緩んだ口元はそのままに、痩せた背中に腕を回すとジンの体を抱き寄せた。胸元に収まった柔らかい金糸に鼻先を埋め、目を閉じる。
 幼い頃は日向の匂いがした筈の弟に染みつく消毒液の匂いに、明日はこいつを外に連れ出そうと決めた。
 先の戦いで負った怪我の具合は未だ互いに思わしくないけれど、散歩程度の運動ならば獣兵衛も文句は言わないだろう。
 そういえば診療所から少し行った先に、小高い丘があった筈だ。日射し避けになりそうな木々も生えていたし、どうせ寝るならば辛気臭い診療所のベッドよりも、そこの方が何倍もいい。ラグナからの提案であれば、ジンも素直についてくるだろう。
 
 機構の傀儡となってしまった妹の事。
 忌々しい碧色の蛇の事。
 真の蒼を受け継いだ、妹と瓜二つの少女の事。
 そして―――世界の破壊者と秩序である、自分たち兄弟の事。

 考えなければいけない事、為さなければいけない事。日増しに重さを増す己の運命に今だけはと蓋をして、 ラグナは明日の事を思う。
 永遠を信じていた子供にはもう戻れないから、弟と過ごす一日がただ穏やかに晴れ渡ってくれればいいと、そう願った。



CSトゥルー後の兄弟。幼少期の捏造込みでした。
寝てる場面が好きらしく、色んなジャンルで書いてますが、BBも例に漏れず(笑)
CS後の療養期間は夢が広がりますね…!


2013.05.07. pixivにてアップ
2013.05.08. サイト転載

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