※キサラギ家についての捏造が入ります



 コツ、コツと等間隔で二度。ドアをノックする音が、世界虚空情報統制機構近衛団団長の執務室に響く。
「どーぞ、開いてるぜ?」
「失礼します、ムツキ大佐」
 重い扉の向こうから届いた声が誰のものか。酷く聞き慣れたそれを、しかしこの部屋の主であるカグラ=ムツキはほんの一瞬だけ量りかねた。
 その声をこの場で聞く可能性を、全く想像していなかったからだ。
 そうしている間にも木製の扉が内へと開き、一人の来訪者が姿を見せる。
 昼下がりの日を受けて柔らかく光る金糸に、上等な石のような一対の緑瞳。それだけでも充分に人目を惹き付けるのに、すらりと長く伸びた四肢や作り物以上に整った面まで備えているのだから、本当に目の前の"これ"には恐れ入る。
 カグラと同じ十二宗家、キサラギの出であり、今は直属でこそないもののカグラの部下でもある、ジン=キサラギ。
 隊服ではない、執務服姿の彼を見るのは、実に久しぶりだ。
「よぉ、ジンジン。どうしたんだ?お前がここに来るなんて、珍しい」
「…その呼び方は止めて下さいと、何度も申し上げている筈ですが」
 学生時代の愛称で―――それもカグラの親戚の少年しか使っていなかった訳だが―――青年を呼べば、澄ました美貌にほんの一瞬、罅が入った。しかしそれも直ぐに繕われ、ジンは何事も無かったかのようにカグラの机の前まで歩み寄る。
「本日はキサラギの当代より、大佐への預かりものを届けに参りました」
 そうして両腕に抱えていた物を机上に置くと、カグラの方へと差し出した。
「ムツキ家当主殿の誕辰を祝う品です。お納め下さい」
 ―――新年を祝う喧騒も去って久しい、一月の十五日。今日は、カグラがこの世に生を受けた日だ。
 実質統制機構衛士のトップであり、公私共に顔の広いカグラの元には朝から大量の祝いの品が送られてきている。今頃隣の部屋では、優秀な側近が丁寧に仕分けてくれている事だろう。
「キサラギ殿が…ねぇ。開けてみても?」
「勿論」
 包みを広げてみると、中から見事な反物が姿を現す。たっぷりとした烏羽色の生地は光沢こそないものの、手触り一つですぐに上等な物だと知れた。
「絹紬か。二反も貰っちまっていいのか?」
「仕立ての際に足りなくなっては、困るでしょうから」
 確かに、身長のあるカグラでは、着物を仕立てる際一反では布が足りない事もある。それを考慮してのこの反物の長さだろう。祝事の際の贈品など宗家同士では珍しくもないが、それにしても羽振りのいい事だ。
「義父上(ちちうえ)は、贈るならばお召しの方がと言っていたのですが…大佐は堅苦しいものを好まれないでしょう?なので、紬に」
 お召しは略礼装にも使われる、生糸で織った高級品だ。対する紬は普段着にも使われる比較的扱いやすい生地だが、ジンが持ってきたこの反物はお召しと比べても遜色無い、見事な一品だった。
「お前の見立てとは、嬉しい事してくれるじゃねぇの。有り難く使わせて貰うよ。キサラギ殿にも、そう伝えておいてくれ」
「はい」
 上機嫌に笑うカグラに、ジンが目礼で応える。そのまま久方ぶりに顔を合わせる弟分に近況を聞こうとした矢先、ほっそりとしたジンの足が半歩、後ろへ引かれた。
「…では、私はこれで失礼致します」
「おいおい、もう帰っちまうのか?折角来たんだ、茶の一杯くらい飲んで行ってもバチは当たらねぇだろ?」
「まだ執務が残ってますので」
 引き止めるカグラに対し、ジンの返答はにべも無い。早々に踵を返し部屋を出て行こうとする青年の背に、しかしカグラはのんびりと声を掛ける。
「コレ渡すついでに、俺と仲良くしてこいって言われたんじゃないのか?お前のお義父上から、さ」
 カグラの言葉に、ジンの足が止まった。不自然に落ちた沈黙が、一秒、二秒―――。やがて振り返った秀麗な面からは、先ほどまで張り付いていた余所行きの表情は、綺麗さっぱり消えていた。ち、と舌を打つ音はもちろん、目の前にいる青年の可憐な唇が発したものだ。
「わかっているなら、こんな茶番に態々付き合う必要もないだろう…カグラ」
 漸く体面を―――キサラギ家の次期当主最有力候補、"ジン=キサラギ"の皮を捨てた"ジン"に、しかしカグラはにんまりと笑みを深める。
 誕生祝いを口実に、宗家筆頭に媚の一つでも売って来い。
 恐らく、キサラギからの指示はそんなところだろう。当主自ら顔を出さず、カグラが贔屓にしているジンを使ってくる辺りに、それが透けて見える。わかりきった下心を隠さない辺りは、流石キサラギの豪胆さと言うべきか。
「お前にとっちゃあ茶番だろうが、俺は純粋に昔馴染みの弟分と、他愛のない話がしたいだけさ。おーい、ヒビキ!」
「お呼びですか?」
 隣室へ声を掛ければ、直ぐに側近の少年が姿を見せる。
「仕入れたばっかの豆があっただろ?こいつに出してやってくれ」
「かしこまりました」
 ヒビキ=コハクは完璧な仕種で一礼すると、ジンに向かってにこりと微笑んだ。「少々お待ち下さい、キサラギ少佐」そう言って、断る間も無く部屋の奥へと引っ込んでしまう。
「―――と、いう訳だ。ヒビキの淹れるコーヒーは美味いぞ?俺が保障する」
 むっつりと唇を引き結び黙りこんでしまったジンに来客用のソファを勧めても、大人しく従ってくれる筈も無く。暫く無言でカグラを睨めつけていたジンだったが、やがて深々と溜息を吐くと、諦めたように首を横に振った。
「…何故、貴様はそう僕に構う。お陰で今回も、余計な役を負わされた。いい迷惑だ」
「酷ぇなぁ。お前の事は、こーんなガキの頃から知ってるんだ。可愛い幼馴染を気に掛けたって、おかしい事なんざ何も無いだろ?」
 こんな、と執務机と同じ高さで手のひらを水平に振るカグラに、ジンが分かり易く顔を顰める。高さ一メートルにも満たない机と同等の扱いは、流石に不味かっただろうか。
「―――ならば言い方を変えてやる。…カグラ」
 大佐クラスともなると、部屋の備品も上等になる。それはカグラの執務机も例外ではなく。平均よりずっと細身のジンが手をつき体重を掛けたところで、板の鳴く音さえしない。秘め事を囁くように近付いた互いの距離に、カグラは僅か目を眇める。ふわり鼻先を掠めた香りは、キサラギで好んで焚かれている沈香の香(か)だ。
「あまりキサラギ相手に隙を晒さない方がいい。うかうかしていると、宗家の筆頭とは言え、いつか足元を掬われるぞ」
 ―――この台詞を不機嫌そのものの顔で言ってくるのだから、カグラとしては緩もうとする口元に逆らうので精一杯だ。代わりに吐いて出た溜息は、感嘆以外の何物でもない。
「…凄ぇな、お前。マジ、絵に描いたようなツンデレ…」
「―――は?」
「や、何でもない。心配してくれてんだろ?キサラギは、虎視眈眈と十二宗家筆頭の座を狙ってる。だから気を付けろって」
 野心の塊のようなキサラギ家の当代は、どうやら今の権力だけでは飽き足らず、十二宗家筆頭の座まで欲しているらしい。カグラの誕生日にジンを寄越して来たのも、ただの点数稼ぎではなかったという事だ。当主の意思に従わずそれをカグラに教えたのは、ジンの男としてのプライドか。それとも…
「さしずめお前は傾国の美姫…ってところか。それにしちゃあ、ちぃとばかり愛想が足りないが…」
「誰が女だ…っ!」
 屈辱から白い頬に血を昇らせるジンは見物だが、事象兵器でも出されて部屋を氷漬けにされては敵わない。両手を頭の横でホールドアップし、カグラはヘラリと相好を崩す。
「悪ぃ悪ぃ。忠告ありがとな、ジン。流石に俺の代でムツキ家を凋落させるのも、寝覚めが良くねぇし…お前んとこの動向には気を付ける。―――が…、だ」
 人懐こささえ感じさせる表情から一変、ニヤリとしか形容の出来ない質の悪い笑みに、ジンが僅か鼻白んだ。
「キサラギ殿の思惑を知った上で動くなら、それもまた一興…」
 机上に置かれたジンの手に自分のそれを重ね、広げたままだった反物を手に取る。そうして飾り布の邪魔しない青年の右肩に、充てるように反物の端を掛けた。雪の肌と月の髪に、烏羽色の布はよく栄える。けれど未だ幼さを残す中性的な面に、カグラの為に仕立てられた布地は些か不釣り合いにも見えた。
 訝しげな視線をくれるジンの横髪に指を絡め、滑らかな頬ごと撫でる。カグラが浮かべる笑みは甘く、彼が女を口説くときに見せるものと大差ない。
「似合うじゃないか。…俺の物になったみたいで、悪くないな」
 男の戯れに、ジンの柳眉がきつく寄せられる。怒りの表情すら絵になるのだから、全くもって美人は得だ。振り払われないのをいい事に、調子に乗って目の前の美貌に顔を寄せた、次の瞬間。
 ぴしゃりと派手な音を立てて、反物の端がカグラの顔面に叩き付けられていた。
「ぶ…っ!」
「寝言は寝てから言え、この屑が」
 文字通り、絶対零度の声音だ。翻る蒼の残像に、吐いて捨てるような言葉も共に残して、ジンの細い背中が扉の向こうへと消える。
「いてて…。あいつ、思いっきりぶつけやがったな…」
 大きな音を立てて閉じられたドアは、そのまま彼の心情の表れだ。四角四面、冷静沈着なキサラギ少佐が、自分の言葉一つであんなにも乱される。繕う事を忘れたジンの表情は成人を迎える前の、歳相応の少年の顔をしていた。
 ―――全く、可愛いったらない。
「あまり苛められては、少佐が気の毒ですよ」
 強かに打たれた鼻を擦っていたら、面を呆れの色一色に染めたヒビキが、トレイを両手に戻ってきていた。その上に二つ乗っているカップの一つはカグラの物だが、もう一つは来客用ではなくヒビキ自身の物だ。
「…何で二つしかねぇんだよ、カップ」
 側近の言わんとしている事を察し、途端に渋面になったカグラの前に湯気の立つカップを置くと、ヒビキは澄まし顔で自分の分のコーヒーを飲む。
「少佐の分をお持ちしたところで、無駄になることはわかってましたので。コーヒーを淹れる数分すら引き留めておけないだなんて、情けないとは思わないのですか?カグラ様」
 言外に「この甲斐性無し」と罵られれば、流石のカグラも凹むというもの。腹の底から深い溜息を吐き出して、その甲斐性無しは出されたカップを取り口を付ける。
「相変わらず厳しいねぇ。俺は悪くねぇだろ、あいつが冗談の通じないカタブツなだけで…」
「そのカタブツがいいのでしたら、もう少し態度を改めては…と言ってるんです。満更冗談でないのなら尚、性質が悪い」
「だって、あいつからかうの面白ぇんだもん。お前も見たろ?毛ぇ逆立ててる猫みたいで、可愛いのなんの…」
「……。いい大人が、初等部男子のような真似をなさらないで下さい」
 嫌われても知りませんよ?最も、既に手遅れかとは思いますが。
 優秀な部下の言葉は、時に酷く辛辣だ。
 空になったカップとトレイを机に置き、ヒビキは放り出されたままの反物を手に取る。乱れたそれを丁寧に巻き戻すと腕に抱え、「仕立てを依頼してきます」と残し部屋を出ていってしまった。
 二人分の背中を見送れば、結果カグラ一人が部屋に取り残された形になる。
「誰が初等部男子だっつーの。こんな色男捕まえて…」
 聞く者がいなければ、ぼやく声も虚しいだけだ。やれやれと革張りの椅子に背中を預け、手にしたカップの中身を啜るしかない。
 そうなると、思い出すのはさっき撫でたばかりの頬の温度と見上げる瞳だ。
 あの冷たいばかりの翡翠に、情動の火が灯る瞬間が好きだと思う。
 そんな時に決まって脳裏を過るのは、キサラギに引き取られたばかりの頃の小さなジンだ。感情の一切が削ぎ落された、子供らしかぬ硝子玉に似た緑瞳をカグラは知っている。だから今でも暇さえあれば、あの手この手でジンから様々な反応を引き出そうとしているのかもしれない。
「―――まぁ確かに、怒らせてばっかってのも芸の無い話…か」
 かといって兄妹のように仲の良いヤヨイ家令嬢相手ならともかく、自分に向かって微笑むジンというのも、上手く想像出来なかった。
 これでも最初の頃は、もっと分かり易い愛情を注いでいた筈なのだが…。

「…なら来年の誕生日には、あいつの笑った顔でも貰うかね」

 我ながら妙案だ。十中八九嫌な顔をされるだろうが、ハードルは高い方が燃えるというもの。
 どうやら今年一年も、退屈しないで済みそうだ。


ファレノプシスは何処へ行った

 一月十五日の誕生花…白いファレノプシス(胡蝶蘭)
 花言葉…「清純」



カグラさん、誕生日おめでとうございます。
最初見た時は、こんなにチャラっとしたキャラとは思ってませんでした(笑)そしてこんなに美味しくジンと絡みのあるキャラとも思ってませんでした。どうかこれからもそのままの貴方でいて下さい。

2014.01.17. pixiv、サイト掲載