※ラグ←ジン前提のカグラ+ジン。ジンがキサラギに来て数年後の設定です。
 個人的にカプではないですが、二人の絡みが強いので注意してください。
 カグラ及び十二宗家の捏造が入ります。






 満ちた月が美しい夜だった。

「今日の主役が、こんなところで油を売っていて良いのですか?」
 
 整えられた庭園を臨める、人気のない縁側。宴の喧騒を遠くに聞きながら、一人月見酒と洒落込んでいた男―――カグラ=ムツキの耳に、馴染みのある声が届く。
 声のした方へ首を巡らせれば、そこには白装束に身を包んだ見知り顔の少年が一人、立っていた。
「何だ、ジンか」
 脅かすなと戯れを口にすれば、ジンと呼ばれた少年がふわりと微笑む。
 歳の頃は十四か五。数年前に十二宗家が一つ、キサラギ家に引き取られた"末弟"。絹のような金糸と翡翠の目も美しい―――とても美しい、少年だった。
 カグラのムツキ家とジンのキサラギ家の様に、隣り合った家同士は他の宗家と比べると繋がりが深い。しかしそれ以上に、カグラは個人的にこの少年を気に入り、何かにつけては心を砕いていた。
 それはジンにも伝わっているようで、今もこうして手招けば素直にカグラの隣に腰を降ろす。が、少年は目敏く男の傍らに置かれた酒瓶を見つけると、呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。
「お酒を飲むのなら、宴の席でもよいでしょう。…前当主様が、探していましたよ?」
「知っている。けどな、何が悲しくて華もないオヤジばかりの宴に延々と参加しなければいけない。半刻我慢しただけでも、上等だと思うんだが…」
 その宴は、一体誰の為のものだと思っているのか。
 他でもない、十二宗家筆頭ムツキ家嫡男、カグラ=ムツキの当主襲位の宴だ。
 今日からカグラは父の跡を継ぎ、ムツキ家のみならず十二宗家全体を率いて行くこととなる。
「ムツキ当主…」
 とは言え、カグラもまだ漸く二十の後半に差し掛かったばかりの若い男だ。酒を飲みながら眺めるのなら、禿掛かった狸親父共より女の方が、そうでなければ夜空に浮かぶ望月の方が遥かに良い。
 そこに見目麗しい美貌の少年が加わったとなれば、今宵の酒の肴としては上々だ。
「お前まで、そう堅苦しい呼び方をしてくれるな。公の場ならそうもいかないだろうが、今は二人だけだ。前のままでいい」
 上機嫌で杯を傾けるカグラに、少年は諦念の息を吐いた。戦士としての実力も、家を纏め上げる者としての人望もあるこの男は、新しい十二宗家筆頭としては些かフランクに過ぎる。
「―――はい。カグラ…兄様」
 不承不承呼び方を改めたジンに、カグラは嬉しそうに破顔した。無骨な手で、わしわしと小振りな頭を撫でる。
「しかし、お前が一人とは珍しいな。ツバキは一緒じゃないのか?」
「ツバキなら、先に休むと言って部屋に戻りました。とても緊張していたから…疲れたのでしょう」
「成程。まぁ…あの顔じゃあ、無理もない」
 夕刻に見たヤヨイ家令嬢の様子を思い出し、カグラは笑う。
 当主襲位の儀が終われば、次は各宗家の代表を招いての宴となるのが常だ。その席で新しい十二宗家の当主に祝いの舞を披露した少女は、恐らく極度の緊張状態だったのだろう。まだ幼い、愛らしい顔を強ばらせ、懸命に己が務めを全うしていた。
 カグラの笑みをどう捕らえたのか、その少女と兄妹の様に仲の良い傍らの少年が、咎めるような視線をこちらに向けてくる。
「どうせツバキが舞っている間も、その様な顔をされていたのでしょう?カグラ兄さまに笑われたと、ひどく落ち込んでいました」
「お前も人聞きの悪い。あの小さいツバキが立派になったものだと、感慨に耽っていただけだ。…明日になったら、褒めてやらないとな」
「そうして下さい。宥めるのが一苦労だったんですから…」
 普段澄ました顔の多い弟分の年相応な表情に、遂にカグラも吹き出した。
「ははは!それは世話を掛けたな、ジン」
 ポンポンと労うように頭の上で手のひらを弾ませると、今度は嫌そうに首を振る。その仕草が猫の仔を彷彿とさせるものだから、カグラの口許から笑みが消える訳もない。
「そういえば、お前の舞を見るのも初めてだったな。上手いじゃないか、見とれたぞ」
 ツバキを褒めてやるというなら、彼女と同じように舞を舞ったジンにもそうしてやるべきだろう。
 白装束を纏った少年の姿は清く秀麗で、指先の動きや足の運び一つ取っても見事なまでに美しかった。見とれたというのも、世事ではない。
 しかしジンは苦笑の形に眉尻を下げると、気まずそうに肩を竦ませる。
「いえ…。実は、あまり集中出来ていなかったのです。回りの…雑音が多くて…」
 桜色の唇から溢れた言葉の辛辣さに、カグラもまた苦い笑みを漏らした。
 類稀な容姿が目を惹いて止まない為か、この子供の回りには常に不穏な噂が付きまとっている。

 例えば―――養子として引き取った稚児に見入られたキサラギは、その子供に次期当主の座まで与えるつもりであるらしい…云々。

「―――どうやら、噂好きはお嬢さん方だけの特権じゃないようだな。他家の連中にも、困ったもんだ…」
 渦中の子供を前にして、野次馬根性に火がついたか。あちこちで飛び交う囁きは、カグラの耳にも入ってきていた。
 綺麗なもの、美しいものを素直に愛でられぬ輩を、カグラは無粋だと思う。
 言外に気にするなと含ませ華奢な肩を叩くが、ジンは黙って月明かりに浮かぶ庭園を眺めるばかりで。二人が口を閉じてしまえば、後に聞えるのは酒に酔った大人たちのざわめきと、庭に住み着いた虫の音だけだった。
 どれくらい、そうしていただろうか。やがて先に口を開いたのは、ジンの方だった。
「本当に、ただの噂…でしょうか?」
「何…?」
「火のない所に煙は立たぬ、と言いましょう…」
 ついと頤を上げ、傍らの少年がカグラを仰ぎ見る。
 柔らかい金糸に白い肌、白い着物を着付けた姿は月明かりを受けて、少年自身がうっすらと光を放っているかに見えた。
 キシリと廊下の板を鳴らし、身動いだ細い体がカグラの膝の上に乗り上げる。咎める間も無く整った顔が近付いて、次の瞬間には唇が重なっていた。
 薄く開かれたそこから覗いた舌先が、強請るようにカグラの口許を舐める。男の劣情を煽る事に、酷く慣れた仕草だった。胸元に添えられた指が、もどかしげにカグラの着物を掻く。
 やがて反応を示さない男に飽いたのか、押し付けられていた唇がゆっくりと離れる。機嫌を損ねたかとも思ったが、白い面に浮かんでいたのは少年にはおよそ似つかわしくない、蟲惑的な笑みだった。
 スルリ、衣擦れの音を立てて、ジンがカグラに身を寄せる。酒の入った体に、少年の体温は低く感じた。
「抱いてください。カグラ兄様…」
 溜め息は飲み込めても、眉間に寄った皺までそうはいかない。胸元に顔を伏せているジンからカグラの渋面は見えないだろうが、聡い子供だ、気配は察している筈。
 見下ろす細い項には、白粉では隠しきれなかった紅が一つ、ぽつりと咲いていた。
「…俺に、キサラギと同じ真似をしろと?」
「やはり、知っていたのではないですか」
 なら話は早いと、ジンの左手がカグラの頬に触れる。その指は日々の稽古で肉刺だらけではあったが、剣をたしなむ者にしては華奢な作りをしていた。
 上等な絹の様な金糸、磨かれた翡翠の目に、新雪に似た白く柔い肌。未だ子供の域を脱していない少年に性別の影は薄く、それが更に彼の美貌を際立たせている。
「話はな。…今の今まで、事実と思ってなかっただけだ」
 カグラは陰鬱とした気分で、きっちりと着付けられた少年の着物に手を掛けた。そうしてそのまま、左右に開く。
 緩んだ袷から覗いた肌には、幾つもの痣と鬱血―――紛れもない情交の痕があった。子供の薄い皮膚にも生々しいそれらは、信頼関係の上に成り立つ衆道と言った生温いものではない。
 ―――火の無い所に煙は立たぬ。
 成る程、全くもってジンの言う通りだった訳だ。
 舌を打ちたい気持ちを抑え、カグラは殊更丁寧に、乱した服を直してやる。その間も、この子供は黙ってカグラにされるがままにいた。
「当主に言っておけ。キサラギの名を汚したくないのなら、少しは弁えろと」
 不快感を露わにする男の言葉に、ジンは口元に掃いた笑みを深める。
「そんな口をきけば、私がお義父様に叱られてしまいます。それに…"これ"は、義兄様たちの仕業ですので…」
 どうやら、私がカグラ兄様に舞を披露するのが気に入らなかったようですね。
 まるで他人事の様に呟くと、ジンはもう片手の指で自分の胸元をなぞった。
 当主襲位の宴で舞を舞うのは、各家の次期当主候補という暗黙の了解がある。しかも今回は、十二宗家の長であるムツキ家当主の襲位の席だ。事実上の、各家の次期当主のお披露目会と言っても過言ではない。
 キサラギからは、"末弟"であるジンがその役を負った。それが他の義兄弟の反発を買ったのだろう。
 だからと言って、多勢で―――ジンが義兄弟"たち"と言っていたから、少なくとも二人以上だろう――― 一人の子供を手篭めにするのは、卑劣に過ぎる。
「当主候補自ら、家の名を貶めるような真似をするか…。そんな事だから、まだ幼いお前に後れを取るんだ」
 確かに噂通り、現キサラギ家当主はこの少年に、特別入れ込んでいるようだった。何処へ行くにも連れて行き、披露目に余念がない。
 だが、彼とて色に溺れ惑わされる程愚かではないだろう。ジンがキサラギ家次期当主の最有力候補であるのは、それ相応の実力を備えているからだ。
 更にジンが士官学校に通い出してからは、そこに客観的な評価も加わる様になった。高い術式適性に、群を抜く文武の才。士官学校始まって以来の逸材との評判は、早くもカグラのいる統制機構内にまで届いている。

 そしてそれが十と半ばの、稀有な美貌を持つ少年だと言う事も。

 確かにジンの容姿が、彼が持て囃される一端を担っている事は否めない。けれど外見だけで渡っていける程、統制機構は甘くもない。
 その事実から目を逸らしている内は、ジンを蹂躙した義兄弟たちが当主候補に名を連ねる事はないだろう。下らない下世話な話に華を咲かせていた輩が、うだつの上がらない連中ばかりだったのと同じように。
「所詮キサラギは、異端の宗家…。そんな家の名前などに―――最早、何の価値がありましょう」
 思考の海に沈んでいたカグラの意識を引き上げたのは、首に絡むほっそりとした腕だった。
「ただの他人が寄り集まって、当主の座を求めては潰し合う…。私の知る宗家とは、そういう所です」
「ジン…」
「憐れと思うならば…どうか。…ああ、それとも」
 鼻先が触れ合いそうな距離、ことりと首を傾げ、少年がうっそりと微笑む。
「他人の手が付いた体は、お嫌いですか?」
 それは紛れもない、自嘲の言葉だった。
 ならば少しくらい傷付いた素振りでも見せればいいものを、目の前の少年は大きな瞳一つ揺らせてはいない。
 ざわりと、腹の底から湧き上がってくる感情は怒りだ。
 年端もいかぬ子供に、身体を拓く事を強いるキサラギへの。そしてそれを看過していた自分自身への、強い怒りだった。
 だが険を帯びた紫石英を前にしても、ジンが怯む気配はない。怯えるどころか、くすくすと忍び笑いまで溢す始末だ。
「ふふ、そう怖い顔をなさらないで下さい…カグラ兄様」
 少年らしい無邪気ささえ感じさせる笑みに、カグラは喉元に痞えていた息をゆっくりと吐き出した。怒りをぶつける先は、間違ってもジンではない。落ち着けと己に言い聞かせ、眉間を揉んで寄っていた皺を伸ばす。
「…すまん。別に、お前に怒ってる訳じゃない」
「はい」
 怒気に晒してしまった事を詫びる様に、カグラの手がそっと少年の頬を撫でた。他意の無い手つきに、ジンの唇から安堵の吐息が漏れる。満足げに細められた翡翠は、思慕の情に濡れていた。剣士の硬い手のひらに、まろい子供の頬が寄せられる。小さな口許は、傍目にも幸せそうに綻んでいた。
 この頑なな少年が、時々カグラに見せる表情(かお)だ。けれどそれら全てが自分に向けられていると思える程、カグラの頭は御目出度くは出来ていない。
 最後に決まって伏せられる瞼の裏には、一体何が映っているのだろう。
 
 ―――この子供はいつだって、カグラを通して他の誰かを見ている。

 そこまで繕えないところは、ジンの可愛げだ。代わりにされているのは面白くないが、それでも自分の存在が幾らかの慰めになっているならば、構わないとも思う。
 思うのだが―――
「…気が変わった」
「え?…う、わ…っ!」
 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべると、カグラは傍らに置いてあった酒の瓶と杯を子供の手に押し付ける。そしてそれらごと軽い体を肩に担ぎ上げ、立ち上がった。
 驚愕に上擦ったジンの声は歳相応に高く、してやったりという気分になる。このまま目指す先は、カグラの私室だ。
「いいだろう、同衾してやる。―――但し、抱いてはやらん」
 早い話が、添い寝だな。
 くつくつと笑うカグラの言葉に、ジンの白い頬が赤く染まる。羞恥ではなく、屈辱の為だ。目の前の広い背中を叩こうと拳を作りかけたところで、持たされた酒瓶が邪魔をしている事に気付く。まさかそれを振り上げる訳にもいかず、唯一自由になる足をばたつかせるが、「暴れるな、落とすぞ」とからかわれるだけに終わってしまった。
「こ…っ、子供扱いしないで下さい!」
「子供だろう。未だこんなに軽い…月に怯える、可愛い子供だ」
 男の声音に、揶揄の響きは無い。はっと、背後でジンが息を飲む気配がした。途端に大人しくなった子供を横抱きに抱え直し、カグラは空に浮かぶ月を見上げる。
「今日は満月だからな。実を言うと…何となく、お前が会いに来るんじゃないかって気がしてたんだ」
「覚え、て…?」
「大事な弟分の事だ、忘れる筈がないだろう?」
 思い出すのは、この子供と初めて出逢った日の事だ。数年前のあの夜も、今宵の様な見事な満月だった。
 何処の宗家の屋敷かは忘れたが、暗い部屋の片隅で一人、膝を抱えていた子供の姿は、今でもはっきりと覚えている。
 「月が落ちてくる」と言って震えていた、幼い声と共に。
「すまないな、ジン。ムツキの…十二宗家の当主になったっていうのに、お前一人守ってやれない」
 十二宗家筆頭と言えど、各家の内情までには干渉出来ない。小言止まりの警告が精々だ。下手をすれば、己の言動一つが逆に、キサラギでのジンの立場を危うくしてしまう。
「そんなもの…っ」
「だが、俺はいつだってお前の味方だ。俺だけじゃない、ツバキだって…。それだけは、忘れないでくれ」
 だから今のカグラがやれるのは、誰もいない離れで交わす、秘め事めいた約束の言葉だけだ。それがどうにもやり切れなくて、支える為に回した手で薄い肩をあやすように叩く。
 そうして漸く、見上げてくる両の翡翠がぐらりと揺れた。
「…嘘だ」
 腕に抱いた体が、ふるり震える。
「嘘だ…うそだ、そんなもの、全部壊した。もういない、いない…何処にも…」
 大きな目にせり上がってきた涙が溢れる前に、カグラは小さな頭を引き寄せ己の肩口に押し付けた。じわりと着物越し、染み込む水分が愛しく、哀しい。
「に…さ…」
 カグラを指すものとも、義兄たちを指すものとも違う、耳元でほろり零れた慕わしげな呼び名は、寂寞の色を含んでいた。
「兄さん…っ」
 譫言のようにただ一人を呼び続ける子供の声を聞きながら、カグラは歩く足の速さを少しだけ弛める。部屋に着くまでに、ジンが泣き止むように。馬鹿みたいに広い屋敷が、今だけは有難い。
 昔から、女と子供の涙には弱いのだ。それが可愛い弟分ならば、尚更絆されてしまいかねない。
 今、水を湛えた翡翠で強請られたら最後。うっかり口付けの一つくらいは、くれてしまうかもしれなかった。



カグラさんとジンで妄想その1。pixivでのタイトル「不知夜」は満月の夜の事。
この二人は一回りくらい歳が離れているとオイシイです。ジンが士官学校時代にはもう当主で大佐ですもんね、カグラさん…。
ジンがカグラに重ねてるのは、もちろん兄さん。カグラと兄さん、結構似てると思うのですが、どうでしょう?
まだまだ謎の多いカグラさんですが、時間の許す限りフライング妄想していきたいと思います(笑)

2013.06.23. pixivにアップ
2013.06.27. サイト掲載

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