「女だったら良かったのに…か」

 眠りに落ちたジンの頭を撫でながら、ラグナは独りごちた。
 結局、あれから二回。たっぷりと時間を掛けた交わりの後に漸く、弟は意識を手放してくれた。流石は元軍属と言ったところか、細い体に見合わず体力は並み以上にあるらしい。危うくこちらの方が、先に潰れるところだった。
 寝ているジンの体を湯で清め、泣きすぎたせいで赤く腫れた目元を冷やしてやって。ぐちゃぐちゃに乱れたシーツの塊は見ない振りをし、隣の手つかずのベッドに弟の体を転がしたところで、流石のラグナも気力が尽きた。安いスプリングを軋ませ、ジンの傍らに腰を下ろし息を吐く。
 けれど今度はやけに目が冴えてしまって、眠気が一向に訪れてくれない。その結果こうして、手持ち無沙汰に弟の髪を弄る事で時間を潰している。
 無心で眠るジンの顔は成人を迎えた男にしてはあどけなく、日頃の狂気染みた言動が嘘のようだ。十年あまりの歳月を経て、丸きり己と似たところの無くなってしまった弟は、黙っていれば成程、首から上だけなら女に見えない事もない。
 頬に影を落とす睫毛は長く、面には絶妙な間隔で整えられた目鼻と唇。見てくれの美醜にあまり関心のないラグナだが、こうして眺めると弟の顔の作りは悪くないと思う。素直に綺麗だと、言っていいのかもしれない。
 髪を梳く手を滑らせて、ジンの頬から首筋、鎖骨へと落としていく。滑らかな肌はしっとりと指に馴染むが、華奢でも鍛えられたしなやかな四肢は、間違いなく青年のそれだった。

 女に生まれてくれば良かった。

 甘い声音でそう嘯くジンの言葉が、耳に甦る。
 ラグナのただ一人の弟ではなく、サヤと同じ妹に生まれてくればよかったと。うっとりと翠の目を細め自己否定を囀る弟の姿を思い返し、ラグナは一人胸中で臍を噛む。兄さまと自分を呼んだジンの声は、燃えさかる教会の前でラグナを責めた時と同じに聞えた。
 ―――例えジンが妹として生まれていても、おそらく何も変わらないだろう。
 弟に向けた言葉は、ラグナの本心だ。サヤの体が弱い限り、自分はそれを理由に一番下の妹ばかりを気にかけるのだろう。
 肉親に甘えたいという当たり前の欲求を我が儘と咎められる事を恐れ、寂しさを内へ内へと押し込めていたジンには気付きもしないで。確実に存在している己の落ち度から目を逸らし、今まで抱いていたものと寸分違わぬ憎悪に身を焦がしていたに違いない。けれど―――
 頬に掛かる長めに伸ばした弟の金糸を指に絡ませては逃がしながら、ラグナはそのもしもを思う。
 もしもこれがまろく柔らかい女の体だったら、サヤと同じように穏やかに愛せただろうか。憎しみを哀しみに、怨みを悔恨の情に変え、ただこの手に取り戻す事だけを願えただろうか。

 ―――こんな愛憎を拗らせた先に辿り着いた醜い劣情を、ジンにぶつける事無く済んだだろうか。

「…下らねぇ」
 女々しい思考を言葉にして吐き捨てると、ラグナはジンの横にごろりと身を投げた。シングルより少し広いだけのベッドは、男二人が寝そべるには些か狭い。かといって、乱れに乱れた隣の寝台で眠る気にはとてもなれなかった。
 余程疲れたのか、はたまた傍にある気配が兄のものだからか。仰向けになっていたジンの体勢を向かい合うように変えても、弟が目を覚ます事は無く。自分よりいくらか小さく、ずっと細い体を腕の中に閉じ込めて漸く、ラグナは深い息を吐いた。鼻先でちらついていた金色に顔を埋めると、宿備え付けの安いシャンプーの香りがする。その中に弟の匂いを見つけては欲を募らせる自分に、最早苦笑すら出ない。
 顔を合わせれば斬り付け合うか、抱き合うか。どちらにせよ生産性の無い行為を重ねる間に知らず挟み込まれていた虚しさは、こんな時ばかり顔を覗かせる。男同士の性交で、何が生まれる訳もない。
 けれど元より造られた存在であるラグナに、人並みの生殖機能など備わってはいない筈だ。ならば例え弟が妹だったところで、ジンが望む結果が得られる事は無いだろう。
 だったら"たら、れば"の妄想など、無駄なだけだ。そんなもので、今腕に抱いているたった一人の弟の存在を否定したくはなかった。
「どうせ頭使うなら、朝飯で食いたいもんでも考えとけ。ばーか」
 その程度の願いなら、幾らでも叶えてやれるから。
 綺麗な流れを作るジンの旋毛に唇を寄せ、瞼を閉じる。
 漸く訪れた睡魔に逆らわず、弟が先に待つ眠りの中へ兄もまた落ちていった。

 If or ...

 

CP家庭用発売前からあった話なので、兄さんが弟妹に前向き。いい加減寝落ち多すぎィ!
兄さんは造られた存在なので、そもそも繁殖機能とか備わってなさそうよね…と思って。3兄弟みんな素体でいいのかな?ジンとサヤには素体マークないですが…。


2013.12.08. pixivにアップ
2013.12.14. サイト掲載