石造りの聖堂に、金属の触れ合う音が響く。  
 奏でるは、傷つけ殺す為の刃と刃。
 撃ち合うは、血を分けた実の兄弟。
 一体どれ程の時間を、そうしているのか。絶えず繰り出される斬撃をいなしながら、ラグナ=ザ=ブラッドエッジは考えた。
 半刻、一刻、一時―――それ以上?
 術式による明かりが施されたカテドラルは、時の経過を感じさせない。まるで、ここの空間だけ時間が止まってしまったかの様に。揺れず、震えず。流れているのは、最早互いの存在だけ。
 受けた刀身の向こう、金の髪を靡かせて笑う相手を、ラグナは色違いの目で睨めつける。
 殺意を持って。
「駄目じゃないか、兄さん。ちゃんと、集中して…僕だけを見ててくれなきゃ…」
「ジン…っ」
 刀を押し返し、振り抜いた大剣はけれど相手の姿を捕らえる事は無く。ふわりと肩から垂れる布をたなびかせ、弟―――ジンはラグナの攻撃範囲内から身を引いた。
 これでもう何度目かの仕切り直し。
 得物の長さはほぼ同じ。互いの身に受けた傷の数も然程変わらず。だが、ジンは己が武器の間合いを完全に踏み越え、ラグナに迫る。
「まだだ…兄さん、これからだよ…!」
 しかし、弟がそれを気にしている様な素振りはまるで無く。寸での所でかわした刀身から放たれる冷気が、ラグナの肌を冷やした。
「んの…馬鹿がっ!」
 悪態に返ってきたのは、弟のけたたましい笑い声。
 至近距離で撃ち出された氷剣を弾き、返す刃で斬り上げる。大振りの攻撃は簡単に受け止められてしまったものの、力任せに振り上げた一撃の重さは相手の腕力を奪うに十分だった。
「―――っ!」
 鈍い音を立てて、ジンの手から弾かれたユキアネサが宙を舞う。がら空きになった腹部に大剣の柄を叩き込めば、弟の痩躯は容易く吹き飛んだ。
「う…っ…」
 上等な大理石の上を一度、二度と跳ね、壁に当り漸く止まる。気を失ったのだろうか。そのまま目を覚ましてくれるなというラグナの願いは、しかし呆気なく破られた。
「ふふ…、あははっ…やっぱり兄さんは強いなぁ…」
 楽しいよ。凄く、凄く。  床に伏したままクスクスと笑うジンの手のひらに、淡い光が灯る。―――回復の術式。上体一つ満足に起こせない癖に、まだ戦うというのか。
 苛立ちに一つ舌を打つと、ラグナは片足を引き目の前に転がる弟の体を蹴った。先程打ったのと同じ所にめり込んだ爪先に、ジンが低く呻く。反動でごろりと上向いた体に馬乗りになり、顔の直ぐ傍に剣を突き刺しても、弟は楽しそうに口許を歪めたままだ。
「痛いよ、兄さん…。―――酷い」
「うるせぇ、黙ってろ。そしたら一瞬で終わりにしてやるからよ」
「やだ、それじゃあつまらない。もっと楽しもうよ、兄さん…。この日の為だけに生きてきたのに、これで終わりなんて…」
 乾いた咳と共に、ジンの唇から鮮血が零れる。内臓がやられたのだろう。当たり前だ、手加減などしていない。
 愛しげに頬に伸びてきた手を振り払っても弟の笑みは消えず、兄が見せた拒絶にすら楽しげに声を上げる。
「あははははっ!兄さん、にいさん…会いたかった。もう一度会って、殺し合いたかった。…ふふ、夢みたい」
「そうだな。―――酷ぇ、悪夢だ」
「どうして?僕、こんなに幸せなのに…」
 幼い仕草で首を傾け、ジンが笑う。互いの血に濡れて尚その笑顔は無垢で、純粋な歓喜に彩られていた。
「ねぇ、兄さん…聞いて?兄さんを殺した後も僕、いい子にしてたよ。兄さんが、"兄さん"の言うことは、ちゃあんと聞けって言ったから…」
「ジン…?」
「キサラギの"お兄様たち"に言われた通りに、脚を開いて声を上げて…。体を這い回る手も、捩じ込まれた性器も気持ち悪かったけど…我慢したの。偉いでしょう?」
「テメェ、何を…」
 意識を保っているのがやっとだろう怪我を負いながらも、ジンの口調は澱みない。唄う様に紡がれる言葉の羅列を、しかしラグナは理解したくないとばかりに拒む。だから褒めて、と強請る弟の声は、酷く甘い。

 ―――吐き気がする。 

「黙れ…」
 耳を貸してはいけない。早く殺してしまえと脳が警鐘を鳴らすのに、体が言うことを聞かない。熱に浮かされた様に潤む翠から、目を逸らす事が出来ない。
「でもお義父様は、僕の事を凄く可愛がってくれたよ。機構との会談にもいっぱい連れてってくれてね。…知ってる?機構のお偉いさんたちって、変態ばっかりなんだよ。ちょっと媚を売って言う事を聞けば、何でも…」
「黙れっつってんだよ!」
 叫んで、弟の口を右手で塞ぐ。片手で容易く封じてしまえた声に、組み敷いている体の頼りなさに、今更ながらぞっとした。
 ―――幸せに。そうだ、幸せに生きてきたのではなかったのか。 
 その手で殺した兄の事も、疎んでいた妹の事も忘れ、貴族の子供として何不自由無く生きてきたのだと。  

 それならば、躊躇い無く殺す事が出来たのに。  

 知らず弟を孤立させていた自分の落ち度を棚に上げ、裏切られたと怨み、罵り、嘆いたまま、目の前の体に刃を突き立てる事が出来た。
 なのに、現実はどうだ。
 義家から女の真似を強いられ、交渉の駒に使われ…けれど歪みきった実兄への愛情はそのままに。
 つまりは離れていた間もずっと、ジンはラグナの弟だった。似た所の無い兄弟だった自分たち唯一揃いの髪の色も、両の翡翠も失くしたラグナを見つけ出し、迷う事無く兄と呼んだ。
 狂気を孕んだ、けれど懐かしいその呼び声を聞いた時、確かにラグナは安堵したのだ。忘れられてなど、いなかったのだと。
 ならば、ラグナに"これ"は殺せない。どんなに壊れ、狂ってしまっていたとしても。"これ"は全てを失った日に、必ず取り返すと誓った弟妹(もの)の片方だ。
 殺す事など、出来ない。
「畜生…っ」
 憎い。哀しい。
 怨めしい。痛ましい。
 許せない。厭おしい。  

 ―――愛おしい。

 相反する感情ばかりが渦巻いて、ラグナの方こそ気が触れてしまいそうだった。
 掴まれた顎の骨がみしりと音を立てるのにも構わず、ジンはラグナを見上げたまま、両の翡翠をついと細めた。
 ―――嗤っている。
 傷付き重い腕を持ち上げ異形の手に触れた弟の指は、刃を握っている者とは思えない程細い。途端、みっともなく跳ねた肩に気付いたのか、何時の間にか緩んでいた手のひらを外すと、ジンはそこにするりと頬を寄せた。
「兄さん、震えてる…。僕が兄さんを殺してから、今までずっと…ずうっと苦しんでたのが…嬉しい?それとも、男に抱かれた体は気持ち悪い?…ああ、兄さんは優しいから、哀れんでくれてるのかな」
「ジン…」 
 今更になって、互いが纏う濃い血の匂いがやけに鼻につく。出血の為か事象兵器の所為か、手から伝わる弟の体温は酷く冷たかった。
「だったら…抱いてよ、ラグナ」
 うっとりと微笑んで、ジンが引き寄せた手のひらに唇を押し当てる。薄く開いたそこから覗く舌が、誘う様にラグナの指を這い上がり、甘く歯を立てた。欲に濡れた翠が、色香を纏い微笑む。床に散らばった金糸が、カテドラルの明かりを受けてきらめいた。冷ややかに。
「どうせなら、うんと痛くして。僕のナカも、ソトも…ぐちゃぐちゃになるまで犯して、犯して―――そうしたら、殺されてあげてもいいよ」
 太陽の光を集めた様な、柔らかい髪を気に入っていた。その色に相応しく、あたたかで日向の匂いのする、甘えたで泣き虫で、いつも自分の後ろをついて回っていた、小さな弟。

「大丈夫…。貴方の探してた"弟"なんて、もう何処にもいないんだから」

 ああ本当に、そう思えたなら良かったのに。  


どこかのループでの一幕。これが初BB小説でした。
口では殺すだの許さねぇだの言っておきながら、いざとなったら何だかんだ理由つけて弟殺せないCT兄さん、まじブラコン。


2013.04.14. pixivにてアップ
2013.05.05. 加筆修正

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